蒼き空と、碧き海原──
物語の舞台は、こうした瀬戸内に浮かぶ小島
「祈背島」と、
古より「コウミガミ」を奉る社
「巳重神社」である。
そして時は、大正というひとつの時代が終わりに近づき、
何か新たな時代が訪れようとする、そんな節目の静寂なひと時を刻んでいる。
その神社では、代々兄妹が夫婦になる慣わしがあり、
これに叛くと祟りに遭うと恐れられていた。
しかし近代化が進むにつれ、近親者同士の相姦を忌み嫌う者も現れてくる──
慣わしに従い、実の妹と結ばれるのか
初恋の人を選ぶのか。また別の道を選ぶのか
人知を超える神の怒りにふれた時、
神蛇家の人々へどのような災いが生じるのか
憎しみ、嫉妬、親愛、欲望の感情を持つ人々
神聖なる場所で「妹」を犯すという背徳的行為に及ぶ事で
神は彼らに何をもたらすのだろうか……
そんな「コウミガミ」と「神蛇家」の人々との
血に纏わる物語がこれより綴られる──
神の怒りにふれた時、
人々は人知を超えた試練によって試される――
瀬戸内の小島「祈背島」≪いのせじま≫。
この島には、白蛇を多産の神"コウミガミ"として奉る
「巳重神社」≪みかさじんじゃ≫があり、宮司を務める神蛇家は
その蛇神の望みとして言い伝えられている"兄妹婚"を代々慣わしとしていた。
破れば下るという蛇の罰を恐れて――
現在、宮司を務めるのは「神蛇 丞」。
先代である父が流行病でこの世を去ってすぐ跡を継いだものの、
父を亡くしたことで精神を病んだ母「神蛇 鏡佳」の世話に、
妹の「神蛇 玲」と二人、頭を悩ませていた。
そんなある日、学者を名乗る「柳本 国定」が神社を訪ねて来る。
彼は民間伝承を研究しており、
この神社の奉神"コウミガミ"に纏わる伝承について調べに来たのだった。
一方で丞は、父が実は蛇の罰を受けたことで命を落としたという
噂が巷で広まっていることから、それらの伝承を疎ましく思っており、
柳本をつい追い返してしまう。
同日、鏡佳の妹であり、丞の初恋の人「九鬼 零佳」も現れ、
泊まり込みで家事を手伝いたいと申し出て来るが、
突然の事に丞は零佳を不信に思う。
まさか宮司が代替わりした隙をついて、
この神社を乗っ取る気ではないのかと……
玲の頼みもあり受け入れることになるが、不信感は晴れぬままだった。
そんな彼らを、一匹の白蛇が見つめる。
それは血のように赤い瞳を妖しげに煌かせて、
この世ならざる者の雰囲気を纏っていた。
「……再度創め、終わらせようぞ……」
地を這いずるようなその冥い声は、
彼らの日常の終焉と共に、すぐ傍まで迫っていた――
目に見えないものを見ようとすれば、それも叶い
神なる者と出会い、御託を受けることも不思議ではないと思われていた――
人と神との繋がりが、希薄ではなかった時代。
海外からの文化は流れてきてはいるが
それでもまだ、この時代の極東の島国には“神”の力が満ち満ちている。
外来文化交流の中枢から外れた離島では、尚の事。
――瀬戸内海に浮かぶ“祈背島”≪いのせじま≫は切り立った山々を僅かな平地が囲む
周囲一里半、人口二百名ほどの小さな島。
――ここは、元来“いもせのしま”と呼ばれていた。
“いもせ”とは“妹背”と書くがいつしか、この島では“いのせ”と訛り
また、妹は兄の祈りを繋げてゆく者という事より“妹”が“祈”に転じた。
“背”は妹なる者から見て、配偶者であり兄である男性の事を“背の君”と呼んだことに発する。
――そう、“いもせ”とは兄妹であり夫婦である者々を呼ぶ為の旧く、いつの間にか失われた言い回しだ。
――この島に住まう人々は、一組のいもせより血を受け継いだ者。
ただ、ある一族はその限りではない――
――この島には、コウミガミと呼ばれる蛇を多産の神として奉る“巳重神社”≪みかさじんじゃ≫がある。
蛇の思いを重ねてゆく名を持った社。
そして、夫婦であり兄妹である者々の名を冠した島。
この二つには、どんな関連があるのだろう。
それは、巳重神社の宮司であり
また、島の始祖である兄妹の血を直接受け継いだ男が彼の子供たちに、語り聞かせようとしている。