西
「ルールを説明しておこう」
煉悟
「ルール?」
西
「いや、彼女に言っている」
西の視線がサユリへと向けられる。
サユリは今にも死にそうな形相で、自分を見つめてくる西に視線を合わせていた。
西
「私は三十秒ごとに蟲を使い、十秒ごとに休ませる」
西
「喋りたくなったら、その十秒の休憩時間を有効に使いたまえ」
西
「君が本気で喋っていると判断したとき、蟲で責めるのはやめよう」
サユリ
「な、何を……言って…………」
西
「始めよう。 理解しづらかった部分は、体で理解したまえ」
そう言って、西がテーブルをトントンと叩く。
サユリがハッとして顔に恐怖を浮かべた瞬間――――
サユリ
「――べおおぉおおぉぉぉぉっ!!!?」
悲鳴なのか別の音だったのか、判断できない声でサユリが蟲を吐き出す。
緑色の粘液が口から大量に溢れ出し、顔の前でゆらゆらと揺れた。
サユリはそれを見つめながら、呼吸のできない苦しさに悶絶する。
視界は涙で滲み、鼻の穴からは鼻汁が垂れ、三十秒間ビクビクと全身を痙攣させた。
そして――カツン、とナイフで皿を叩く音が鳴る。
サユリ
「はあっ!? あ、ああぁ………………ッ!!」
蟲が体内に引っ込むのと同時に、サユリの口から空気が入り込むような音が鳴る。
顔色はすっかり変わり、西に対する恐怖だけが浮かんでいた。
頭の中は混乱を来たしており、今、この瞬間、自分が何をすればいいのかも分から
ない。
そして、十秒後――――。
サユリ
「――ぅぼおおぉぉっ!!!?」
全く心の準備をしていなかったところで、西がテーブルを叩いた。
当然、蟲はサユリの口を目掛けて進行を開始し、地獄の三十秒間が襲い掛かる。
サユリ
「――ッ! ――――ッ!? ――――――ッ!!」
何かを喋ろうとしても、声など出せるはずもない。
この苦しみが問答無用で三十秒続くのだと、サユリはようやく理解に至っていた。
つまりは先ほどの休憩時間――十秒間のうちに、知っていることを洗いざらい喋らな
ければならなかったのだ。次にやって来るはずの蟲使いのことを、全て話さなければ、
この責め苦は終わらないのだ。
初めて自分の立場を正確に認識できた気がして、サユ
リはさらに涙を溢れさせた。
西
「そういえば、先日の異種間交配の件だが――――」
コーヒーを飲んでいた西が、思い出したように話し始める。
西
「お陰で一歩前進したよ」
煉悟
「ああ? マジか?」
西
「まだまだ試作段階だが……ユーリア」
ユーリアに指示を出して、西が話を続ける。
傍らで苦しむサユリのことなど、微塵も気にしていない様子だった。
やがて三十秒が経過し、食器の音が鳴ったが、それでも西の態度は変わらなかった。
サユリ
「――ぅえはっ!!」
サユリ
「は、はあっ……ああぁ…………ッ!」
サユリ
「ぐ……げほっ、げほげほっ……ぅげぼっ!!」
胸に詰まったものを吐き出すように、サユリがむせ返る。
だが、そうしている間にも時間は刻々と過ぎていき、あっという間に五秒を超えた。
サユリ
「あ、ああっ……待って…………ッ!」
サユリ
「は……話す、からっ……話すから、待っ――――」
サユリ
「――バッ!!!!!!」
もはや、悲鳴なのか効果音なのかも分からない声で、サユリの口から蟲が吐き出さ
れる。
同時に鼻汁もどっと噴き出したが、それを拭ってくれる者などいなかった。
西
「その二種で実験してみたところ――――」
煉悟
「いや、話してる最中だがよ……今、喋るって言ってなかったか?」
西
「言っていたが、私達が聞くべき言葉ではない。
本気で喋るつもりなら、そんな宣言は不要なのだ」
西
「時間稼ぎに付き合うつもりはない」
バッサリと切り捨てるように言って、西が話を続ける。
それを聞いていたサユリは、背筋がぞくりとするものを感じていた。
口では「話す」と言ったものの、すぐに話すつもりはなかった。
西の言う通り、単なる時間稼ぎが目的だったのだ。
だが、それさえも通用しない相手に、これからどう対処すればいいのか。
情報を与える――つまり、仲間を裏切るような事はできないが、その結果は無限の
責め苦だ。
この相手が「殺してくれ」と言って殺してくれるほど温情溢れた男でない
ことは、既にサユリにも分かっていた。
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