【“しろ”】
「…………」

 ほっぺたがずきずきと痛みます。
 触ってみると、指に赤い液体がつきました。

 僕が逃げようとして無理に動いたので、
 ハナさんの鞭が顔に当たったのです。

 驚いたのか、ハナさんも手を止め、
 しばらく沈黙が続きました。

 その沈黙を破ったのは――

【祐美子】
「……ハナ」

 祐美子さまでした。

【祐美子】
「ハナ、なんてことを……
“たろ”に怪我をさせるなんて!」

 あの、お優しい祐美子さまのものとは思えないほど、
 これまで聞いたこともない、厳しい声。

 ハナさんも驚いたように、
 打たれた頬をおさえて祐美子さまを見つめます。

【ハナ】
「お嬢様……」

【祐美子】
「ハナ、お謝りなさい!」

 きっと見つめる祐美子さまの
 厳しいまなざしに、
 ハナさんは少し蒼ざめているようでした。

【ハナ】
「も……申し訳ございません、お嬢様」

【祐美子】
「お黙りなさい!」

【祐美子】
「私に謝って済むと思うの、ハナ?
“たろ”にお謝りなさい!」

【“たろ”】
「あ……あの、祐美子さま」

 僕はあわてて、祐美子さまの足元にすがりつきます。

【“たろ”】
「祐美子さま、僕は……僕は大丈夫です。
 ハナさんは悪くなくて、僕が……」

 ハナさんは、いっぷをしていただけで、
 僕の顔が傷ついたのは、僕が動いたからで。

 けれど、祐美子さまは、僕の声なんか、
 聞いていないようでした。

【祐美子】
「さあ、お謝りなさい、ハナ!」

【ハナ】
「は、はい……」

 ハナさんは僕のほうを向いて、腰をかがめました。

【ハナ】
「その……すまなかった、“たろ”」

【ハナ】
「怪我をさせるつもりはなかった。
 許してくれ」

 いつも怖いハナさんにそんなことを言われて、
 僕はどうしたらいいのか、わからなくなりました。

【“たろ”】
「そんな、許すなんて……
 僕が悪かったんですから……」

 しどろもどろに答えかけたとき、
 祐美子さまの手が僕の体を引き戻しました。

 そして、まるでハナさんからかばうように
 僕を抱きしめたのです。

 祐美子さまの腕からは、甘い、いい香りがしました。
 いつもの優しい、祐美子さまの匂い。

 けれども、今の祐美子さまは、
 とても厳しいお顔をされています。
 それは、まるで神罰を申し渡す聖女のよう。

 いつもと違う、その厳しいお顔を見上げて、
 僕は、畏れとともに、心からじんと暖まるような、
 深い感謝を感じました。

《お屋敷》のお嬢さまが、かとるの僕の怪我を心配して、
 怒ってくださっているのです。

 本当に、お優しい祐美子さま。

【祐美子】
「厳しいばかりがしつけではないでしょう、ハナ」

【祐美子】
「貴方の代わりはいるけど、
“たろ”の代わりはいないのよ!」

 こんなにまで、大事にしていただいて、
 それだけで僕は、祐美子さまのためなら
 なんでもできると思うのです。