 
      
      
        時は、昭和初期。
        東京府郊外の丘陵地に在る『イシンの村』は、
        六十年前に村内で起こった大規模火災を境に、“ウチの村”と“ソトの村”の
        二つの集落に分かたれていた。
        人の行き来さえも禁じられていることから、余程の事柄だったであろうことが伺える。
        
 
        
        だが、この禁忌は、
        その日、ある青年によって破られる――
        『ソトの村には、病を癒すとてつもなく美しい姫神が居る』
        この物語の主人公、“ウチの村”に住まう【大垣 框】は、
        村で流れ聞いた噂話の真意を確かめるため、
        集落の境を越え、“ソトの村”に足を踏み入れようとしていた。
        
 
        
        時を同じくして、大学の民俗学研究室に勤める【神蛇 零雅】に
        研究の一環として、『イシンの村』についての調査依頼が持ち込まれていた。
        調査準備を進める最中で、彼女も妙な話を耳にする。
        『イシンの村周辺で、拷問を受けた痕のある
         不審死体が相次いで見つかっている』
        それには、病を癒すと云われる女装の美少年が関係しているという。
        込み入った事件の予感を感じつつも、
        依頼を遂行するため、彼女もまた“ソトの村”へと向かう。
        ――時代に取り残されたような、異様な雰囲気を持つ“ソトの村”。
        其処で二人を待ち受けていたのは、ある一組の双子の兄妹だった。
        一人は、女のように髪を伸ばし、村にそぐわぬ程の豪奢な服を身に纏った美少年【鼎】、
        もう一人は、少年と同じく美しい相貌を持つも、感情のない瞳をした少女【たまえ】。
        
 
        
        「鼎……! やだ、やめて、もうやめて……!」
        たまえの身体には噂で聞いたような、
拷問のものと思われる酷い傷がいくつも刻まれている。
        ただの兄妹とはかけ離れた、歪んだ関係──。
        
 
         
       
      
        遡ること六十年前、イシンの村。
        想いと身体を重ねてしまった事を咎められた双子の兄妹が、
        村に火を放ち、村はあっという間に火の海と化した。
        この一連の火災から命からがら逃げ延びた村人の一部が、
        この双子の兄妹のことを「災を齎した者・サイノガミ(災の神)」だと言い表す。
        「やはり、男女の双子は忌むべき者だった。我々に災いを齎す存在だ。
        更なるそれを防ぐ為に、双子を一つの存在に戻さなければならない。
        敢えて一度番わせ、子を産ませてから殺すべきだ」――と。
        
        しかし、それに反発する者たちもいた。
        無理矢理に引き離してしまった我々にも責任があるのではないか、
        子を作らせて殺すなど、人の道に外れている、と。
        
        村は、こうした考え方の違いにより、
        男女の双子を「サイノガミ(災の神)」として忌み、旧い暮らしを続ける“ソトの村”と、
        人道的ではあるが、旧い文化を否定する“ウチの村”に分かれてしまうこととなる。
        
        それから暫くし、集落を唯一繋ぐ獣道のすがらに、道祖神が立てられた。
        これが、村を隔てる境界線となり、
        “ソトの村”では、忌まわしい兄妹の交合図、
        “ウチの村”では、引き離された夫婦の交合図とされている。
        
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          時が経ち、“ソトの村”にて生を受けた双子の兄妹【鼎】と【たまえ】。
        二人は村に伝わる伝承のとおり、
忌まわしき『サイノガミ(災の神)』とされ、
        冷酷な運命を科せられるのであった――。
      
 
      
        ――六十年ほど前のイシンの村は、どこにでもある、平凡なそれだった。
        
        想いと身体を重ねてしまった事を咎められた、双子の兄妹が、
        村に火を放ってしまった所から、総てが歪んでゆく――。
        
 
        「なんで……どうしてっ!!」
何もかも喪い、身ひとつしか残らなかった少女が、細く震える声で怒号を上げる。
        焼け焦げた髪と着物、煤に塗れた稚い肌、涙を湛える瞳、震える細い指先。
        これだけではない、彼女を構成する総てから、怒りと絶望を滲ませて――。
        
        強風のせいで、火の手はあっという間に広がり、総てを包み込む。
        ――誰も、なす術はない。
        
何もかも奪われた彼女にも、無論。
「……お前等が! 全部、奪ったのか……っ!」
        怒りに打ち震えながら、その張本人――双子の兄妹を睨み付ける。
        彼等は逃げる事が出来ず、ここで村人に囲まれ、身を寄り添わせている。
        
        少女は、その様を視界に映したまま、再度、大きく息を継いだ。
        その響きは、稚い身体にはそぐわない、低く、地を這うような――。
        
「絶対に、絶対に許さない……っ!」
ひと際大きな声を上げ、視線で射殺さんばかりに、睨み付ける。
        この火災の如く荒れ狂う憎しみは、潰える事はなく、
        そして、時を経て歪み、何者かを苛むだろう――。
        
    